完全雇用と自然失業率

前回の続き。自然失業率について、いろいろなところから引用してみます。


今回は「スティグリッツマクロ経済学 第3版」。自然失業率について、以下のように書かれています。

経済が潜在的産出量を生産している完全雇用の状況で生じた失業率は、通常、自然失業率 natural rate of unemployment と呼ばれる。

完全雇用で失業??と思う人も多いかもしれません。ちなみに「マンキューマクロ経済学」で長期分析に用いていた古典派の経済モデルを、「スティグリッツマクロ経済学」では、「完全雇用モデル」として説明しています。


そこで、完全雇用で検索してみると...
完全雇用 - Wikipedia

完全雇用(かんぜんこよう)とはマクロ経済学上の概念であり、ある経済全体での労働市場の需要と供給が一致している状態。

やっぱり、完全雇用という言葉は、非自発的失業がない状態ではなく、ある程度の失業はあっても、長期的な均衡状態にある状況のことを言うんですね。うーむ。誤解しやすい表現だなあ。


さらに、Wikipediaでは、自然失業率についても説明があります。

1968年(あるいは67年)、マネタリスト学派の主唱者ミルトン・フリードマンは、エドモンド・フェルプスとともに独自の完全雇用失業率の概念を創出し、これを「自然失業率」と名付けた。もっとも、この自然失業率は経済が規範的な目標として目指すべきものとは考えられていない。フリードマンらが主張するのは、完全雇用状態を得ようとするのではなく、政策担当者はまずインフレ率を安定化させる(非常に低いレベル、あるいはゼロに)ことに努力すべきだ、ということである。もしそういった経済政策が維持可能なものであったならば、失業率は次第に「自然」失業率まで低下するだろう、というのがフリードマンの説である。
フリードマンの考えはマクロ経済学に大きな影響をもたらし、現在では完全雇用とは、ある所与の経済構造の下で維持可能な最低レベルの失業率を指すことが多くなった。これはこの用語を最初に用いたジェームズ・トービンにならってインフレ非加速的失業率(NAIRU=Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment)と呼ばれる。概念としては自然失業率と同一であるが、経済には自然なものは何一つない、という立場から「自然」の言葉を避けているともいえる。完全雇用状態にあっては、循環的(あるいは労働需要不足による)失業は存在しない。もし経済が数年にわたってこの「自然」失業率あるいは「インフレ閾値」失業率以下で推移するならば、インフレは加速するはずである(賃金および物価に関する外的統制がない前提で)。逆に、もし失業率がこのレベル以上で長期間推移するならば、インフレは沈静化するはずである。こうして、インフレ率が上昇も下落もしないような失業率としてNAIRUは導出されるのである。そこで一経済のNAIRUの絶対的な水準は、労働市場における供給側の要因に依存しているといえる。構造的失業、摩擦的失業といった要因がそれである。

なんだか難しい話が、つらつらと...
要するに、完全雇用をどう考えるのか?というのが、マクロ経済学上大きな問題となっていたなか、かの有名なミルトン・フリードマンが自然失業率仮説を提示し、インフレと失業率の関係から、自然失業率は需要の不足などといった短期的な不均衡によって生まれるものではなく、長期的な均衡状態での失業率であるということを、うまく説明したんです。


ここで、池田信夫先生の説明を見つけたので引用してみましょう。(この人の記事は、経済用語を検索すると必ず上位に上がってきますね。どうかとは思いますが...)
自然失業率 - 池田信夫 blog

図のように、短期の失業率はケインズ的な財政政策でAからBに下がるが、それはインフレによって実質賃金を下げているだけなので、労働者がインフレを織り込むと労働供給が減って失業率はCに戻り、長期的には自然失業率(NAIRU)で労働市場が均衡する。つまり財政政策というのは労働者を一時的にだましているので、長期的には失業は自然率に戻り、インフレだけが残る。サマーズもいうように、労組の力が強くなると労働市場が硬直的になって自然失業率が上がる。

この人、とにかく財政政策や金融政策は効果がないということを言いたい人なのでこんな表現になっているんだと思いますが、要するに自然失業率よりも低いレベルに失業率を下げようとしても財政政策や金融緩和では効果がない(一時的には効果があるかもしれないけれども)ということなんです。ちなみに、短期において需要が不足して自然失業率よりも失業が多い場合は、財政政策や金融緩和等の効果はある、と考えるのが一般的です。(池田先生は、短期においても需要など不足しないし、財政政策や金融緩和は百害あって一利なしという考え方のようですが...)


それではついでに。
長期における失業率のトレンド=自然失業率の原因は、労働市場の問題であるということのようですが、上の池田先生にも見られるように、どうも労働者保護を問題視する人たちがけっこういるんです。


そこで、長期的なトレンドとしての失業率(自然失業率)の原因について、教科書をおさらい。
「マンキューマクロ経済学」では、

  • 摩擦的失業
  • 賃金の硬直性による待機失業

スティグリッツマクロ経済学」では、

  • 季節的失業
  • 摩擦的失業
  • 構造的失業

季節的失業というのは、出稼ぎや夏季アルバイトのように、季節によって労働供給に変動が生まれるために生じる失業。統計上は季節的な変動は補正されています。摩擦的失業は、離職 → 再就職でのタイムラグから生まれる失業。雇用の移動は常に存在するため、どうしても一時的に失業状態になる人が出てきます。なので、この摩擦的失業はそれほど問題だとは思えません。
となると、問題は賃金の硬直性による待機失業と、構造的失業。賃金の硬直性による待機失業については、最低賃金法、労働組合、効率賃金が挙げられていますが、いずれにせよ賃金が下方硬直的(下がりづらい)であるために、市場における調整がうまく働かず、失業を生み出すということ。構造的失業については、経済構造の変化(たとえば製造業からサービス産業にシフト)に際して、労働力の移動がうまくいかないために失業が生まれるということ。


うーん、やっぱり、新自由主義的な思想の持ち主だったら、労働組合や最適賃金法なんていらない!労働力の移動を促進させるためにも、解雇規制は撤廃だ!なんて話になりかねない。でも、よーく考えると、その論法もおかしいんですけどね。


ところで、アメリカのように長期的に失業率が増えていない国とは異なり、ヨーロッパや日本は長期的なトレンドとして、失業率の悪化が進行しています(ヨーロッパは、近年少しは良くなってきていたんですが...)。そして、このような失業率の悪化も、マクロ経済学の教科書の説明によると、需要の不足ではないし、景気の問題でもない、経済成長率の問題でもない、労働市場の問題だ!ってことになる(日本の失業率悪化については、市場の調整機能がうまく働かないために長期的に需要が不足しているという考え方が有力なようですが、この点についてはいずれあらためて)。
ヨーロッパの長期的な失業率の悪化についての原因の仮説について、以前のエントリーで「マンキューマクロ経済学」から引用して紹介しました。これ読んでも、なんだかもうひとつ説得力に欠けるんですよね。
僕の素人的感覚では、1970代以降の経済成長率の鈍化が原因のように思えちゃうんだけどなぁ...


ということで、次は経済成長と自然失業率の関係について。まだまだ続きます。


スティグリッツマクロ経済学 第3版

スティグリッツマクロ経済学 第3版