「失われた10年の真因は何か」岩田規久男+宮川努(編)

もう6年も前の出版になりますが、この頃からなにも状況は変わっていないような気がするので、ご紹介を。

失われた10年の真因は何か (エコノミックスシリーズ)

失われた10年の真因は何か (エコノミックスシリーズ)

タイトルの「失われた10年」が、もう今では「失われた20年」になりそうな長い日本経済の停滞状況ですが、話がすこしも古く感じられません。経済論戦のポイントは、この頃からなにも変わっていないようです。


この本は

  • 構造改革なくして成長なし 林文夫
  • 失われた10年」と産業構造の転換 宮川努
  • 金融政策の機能停止はなぜ生じたのか 野口旭・岡田靖
  • 財政運営における失われた10年 中里透
  • 不良債権が日本経済に与えた打撃 櫻川昌哉
  • 社会資本の地方への重点的整備の評価 三井清
  • 産業空洞化が日本経済に与えた影響 櫻井宏二郎

という七つの論文が提示され、それに対して他の経済学者が疑問の提示、さらには批判を行い、論文著者がその疑問や批判に応答するという形式がとられています。
そして、この七つの論文というのが、まさに日本経済の長期停滞の原因として、今もよく議論されている「原因」ということになります。強いて言えば五つ目の不良債権原因説は、今となってはもう古い、というか不良債権自体は解消されても、ちっとも停滞から抜け出せない現在の日本経済をみていると、あまり主たる原因ではなかった、という見方ができます。しかし、それ以外については、今でも経済論戦のなかで、よく聞くような話です。


ということで
まず最初の論文構造改革なくして経済成長なし」
これはまさに、停滞が長く続いている → だから問題は短期の需要不足なんかではない → 長期の問題は供給側の問題 → 供給側の成長率を高めなくてはならない → だから構造改革が必要、という論理。


二つ目の「「失われた10年」と産業構造の転換」
ここでは、資源配分の歪みによる生産性の低下を原因と考えています。どういうことかというと、資金や労働力などが、産業構造の変化に合わせて、適切に再配分されていない、つまり成長産業に効果的に配分されていない。そのことが生産性が伸び悩む原因であり、さらには日本経済の停滞の主因だ、という論理。


三つ目、「金融政策の機能停止はなぜ生じたのか」
こちらは、金融政策のまずさが、停滞の原因だという考え。現在の日本は、長期にわたって需要不足が起きており、その主たる原因は、適切な金融政策がとられてこなかったからだ、というもの。いわゆるリフレ派の考え方。


四つ目、「財政運営における失われた10年
こちらは、97年の橋本内閣における財政構造改革が、その後の経済の失速の原因とする考え方への反論。財政構造改革自体は景気変動に大きな影響は与えていない、さらには財政政策自体の効果も薄い、という考え方。


五つ目、不良債権が日本経済に与えた打撃」
不良債権処理が先送りされてしまったことの弊害をみています。不良債権処理の遅れが実体経済に与えた影響として、不良業種への追貸し等、非効率な企業の救済や温存、逆に中小企業を中心にした貸し渋りなど、資源の非効率配分をもたらしている、というもの。


六つ目、「社会資本の地方への重点的整備の評価」
1970年代以降、社会資本が地方へ重点的に整備されてきたことの、非効率性を検討。いわゆる公共投資という形で行われてきた、地方圏での社会資本整備重点化が、非効率的であり、政策の見直しを考えるべき、というもの。


七つ目、「産業空洞化が日本経済に与えた影響」
工場の海外移転など、いわゆる産業空洞化による雇用量減への影響を検証。90年代の「失われた10年」を説明できるほどのものではないとし、その一方で途上国からの輸入増加が日本の経済厚生(貿易の利益)を高めることを確認。ただし国内の産業間での円滑な資源移動がうまく行われないことが、貿易の効果を抑えている、と整理。


どうでしょうか?こうやってずらっと並べてみると、基本的な論点はすべて出つくしているとも言えます。
これらの論文には、それぞれ他の経済学者から、批判や賛同、他の視点からの検証等、いくつかの意見が加えられ、さらに論文を書いた本人がそれらの意見に応答しています。内容は、統計データの解釈、経済モデルによる検証等、専門的なものとなっているので、ある程度の経済学の知識がないとついていけないかもしれませんが、読んでみる価値はあると思います。僕は、とても勉強になりました。